仮に十年後が本当に十年後に来るとして。

「相変わらずなの?」
「え?」
「食事するの,今も面倒?」
「うん。基本的には面倒だな,と思う」
「そっか」
「気になる?」
「いや,別にそんな,ねぇ。他人がどうしようとわたしにはあまり関係ないというか」
「そうね。それがいいよ。他人のことを気にして,出来ることと出来ないことをきちんと見極めないとね」

「これ,なに?」
Yが指さしていたのは,田楽の盛りつけに使ったミョウガの葉だった。

「ん? 葉っぱのこと?」
「うん」
「んとね。それ,ミョウガの葉だよ」
ミョウガ?」
「うん。物忘れしやすくなるやつ」
「何それ?」
「あれ? 知らない? ミョウガを沢山食べると物忘れ多くなるんだってよ」
「ほんとに?」
「嘘だと思うけど。第一,そんな沢山ミョウガなんて食べられないよ」
「そうだよね。うん。で? この葉っぱは?」
「うん。ミョウガの葉だよ。取ってきたんだ。初めて見た?」
「うん。こういうのだったのね。なんか笹の葉に似てるかも」
「あー,言われてみればそうかもね。早く食べて」

「何か食べたいものある?」という問に,すこし考えて「豆腐」と答えてくれたYに感謝しつつ,何を作ろうか,と考えて豆腐田楽と豆腐サラダを作ることにしたのだ。

「短時間でよく作るよね。わたしも見習わないと」
「いや,別に,大したことやってるわけじゃないし」
事実,豆腐を水切りして焼いただけだ。手間なんてほとんどかかっていない。みりんと酒と味噌で合わせ味噌をつくり置きしていたから,本当に焼いただけだ。サラダの方がまだ手がかかっている。
「ね,なんで今日は盛りつけに凝ってるの?」
「そんなところにしか凝るところが無いというかなんというか……」
「ふーん。でもなんかすごいねー。本格的。S君の細やかさが出てるかも」
「言うほど細かくないと思うんだよね」
「何を仰いますやら。十分細かいってば」と笑って言った。

こう言っては何だが,適当につくった割には美味しい豆腐料理が出来たと思う。窓を開けているからだろう,風が部屋を抜けていく。一日中部屋にいるのは良くないよ,と彼女は何度も言った。僕もそう思う。ちょっと出かけようか,と外に出た。たまには誰かと一緒に歩くのもいいんだよ,と彼女は言った。そうかもしれないね,と並んで歩く。歩く──。

「ごちそうさま,またね」と彼女は駅へ向かっていった。僕はその背中を見送って,来た道と異なった道を帰ることにした。結局どこかで一人になるのだ。当たり前だ。ずっと誰かと一緒にいられるわけがない。そんなことがあってはならないのだ。時折強い風が吹く。その度,アスファルトの上にたまった小さなゴミが動く。

例えば十年後──そんなの来て欲しくないと思っているのだけど──僕は同じように誰かと一緒に食事をしたり,並んで歩いたりすることが出来るのだろうか。どんどん僕は誰かと会話をすることが下手になっているような気がしている。