声を出せ。

僕と彼女の間のコトバは音と表記を持っている。そして今,彼女はいない。僕はコトバの表記を黙読する以外の方法がない。
例えばそれは買い物メモ。メニューと日記。テクストは否応なしに展開していく。残るのは何? 無くなったものは? 無くなるべきものは何?
──声を出しなさい。コトバを解き放つのは「声」なんだよ。

ねぇ。

ねぇ。
ここは真っ暗なんだよ。
こっちへおいでよ。
そこに寝ころんで。
そのうち目が慣れるなんて思わないで。
真っ暗ってどう?

ねぇ。
月をつくったんだよ。
見たい?
目を閉じて。
スイッチを入れるから。

ねぇ。
目を開けて。
ライトってまるいんだよ。
安心した?

ねぇ。
ボクは月をつくれたんだよ。
ボクは月を消せるんだよ。
ボクは神様なんだよ。
ボクは絶対的な根拠なんだよ。

ねぇ。
ボクはね。伝えたいことがあるんだ。
ボクについてのことじゃないんだけどね。
でもね。理解されたいのはボクなんだ。

コトバコトバコトバ

「言葉にすると浅くなるなあ,でも僕らには言葉しかないんだよね☆」とか「経験がすべてとはいわないけどさあ,経験したから判るって事もあるよね♪」とか,「そんな経験優越主義なんてまっぴらだ。僕らの想像力を馬鹿にするなヨ!」とか。そんな酔っぱらいみたいな正当論なんて……お腹いっぱいです。
二次会で行った居酒屋でそんな話をしていたそうです。僕の記憶からは抜けています。

おやすみなさい

耳をすませば──なにか聞こえてくる。
FMラジオを切って,パソコンの電源を落として,耳鳴りがした。キーンという高音が離れない。耳を塞いだ。塞げば塞ぐほどその音は鋭さを増していく。
布団に入り目を閉じた。眼前は真っ暗になるどころか,モーションエフェクトが掛かったかのような抽象的な図柄が浮かんぶ。部屋の灯りをすべて消した。目が慣れるまでは真っ暗だった。否応なしに視覚に訴えてくる妙な映像と,同じく否応なしに聴覚に訴えてくる耳鳴りとに僕は苛立った。
チクショウと叫びたいが声にならなかった。もちろんそんな声は音になる必要性はない。音になると途端にリアルな声に驚く。夢から一瞬で醒めたが如く。自分の声が出ないとことを確認し,だから側に誰もいなくてよかったと思った。